特等席の心眼 〜文字を持たない青年が見たパラトライアスロン〜

観察:カズヒコ・鴨下琳斗 / 言葉:カズヒコ

第1章:プロローグ 〜コース脇で見つけた「10メートル」の法則〜

早朝の横浜。象の鼻テラスへと続く橋の真ん中から、ただっ広い直線道路に青年は一人立っていた。

鴨下琳斗(りんと)は、ワールドトライアスロンパラシリーズのコース警備を任されていた。彼が担当したのは、一般のアマチュアが出場するエイジレースの中でも、健常者の種目より1時間も早くスタートする「エイジパラトライアスロン」のコースだ。視界には木々と空、そして海が見える。まだ沿道は静まり返っており、聞こえてくるのは時折響く、練習する健常者の選手の足音くらいだ。テロ対策のシェパードを連れた警察官が通り過ぎる。琳斗は先頭を歩く犬には「こんちはー」とくだけた挨拶をして、後に続く警察官に「お疲れ様です」と静かに声をかけた。

トレードマークの「スプラッシュ」と書かれたカラフルな帽子をリュックにしまい、赤レンガ倉庫の受付テントで支給されたお揃いの帽子とTシャツに着替え、道路脇に等間隔に並ぶ大勢のボランティアスタッフの一人として担当の午前10時半までの5時間、じっと持ち場を動かずに警備することになる。

この日を迎えるまでのプロセスは、いかにも彼らしかった。事前のオリエンテーションはYouTubeの動画配信だった。新しい情報など何もない、ただ注意事項を読み上げるだけのものにすぎなかったが、彼は自室のパソコンの前で公開日を楽しみにしていたという。

そんな彼が現場に立つと、独特の「目」が働き始める。

コース上にカラーコーンを並べる作業でのことだ。オフィシャルから「十メートル間隔で」と指示が出たが、大会のスタッフですら正確な測り方を知らず、「大体この辺だろう」と感覚で済ませていた。メジャーなどの道具がなければ、人は「測れないから仕方ない」と思考を停止させるのが普通だ。

しかし、琳斗の思考は違った。「国が作っている道路標示なのだから、絶対に何メートルの決まりがあるはずだ」。そう推測した彼は、道路の白線(破線)を調べた。案の定、白い部分が十メートル、空いている部分も十メートルという規則性があることを見つけ出したのだ。

――健常者がすぐにあきらめる場面で、なぜ彼だけが隠されたルールにたどり着くことができたのか。

第2章:「心眼」の正体 〜文字のない世界を生き抜く生存戦略〜

彼の頭には、文字がそのままの情報として入ってこない。ディスレクシア(学習障害)という特性を持つ彼にとって、世の中のほとんどの人が頼りにしている「文字」は、意味を成さない記号に過ぎない。

その代わりに彼は、五感を総動員して世界を推測し、組み立てる術を身につけた。

「この文字読める?」とペットボトルを差し出された時のことだ。彼に見えたのは、見覚えのある「午後の紅茶」のラベルデザインと、「無」という大きな一文字だけだった。しかし彼は、質問者が糖尿病で砂糖を禁止されているという背景を知っていた。「無……、そして糖尿病。ならばこれは『無糖』だろう」。 彼は持てる情報を掛け合わせ、最後は山を張って「無糖の午後の紅茶」と言い当ててみせた。

エレベーターの中で流れる文字も、封鎖された店の張り紙も、彼は状況から推測して意味を導き出す。周囲の人間は彼の鋭い洞察力を半ば畏敬を込めて「心眼」と呼ぶが、それは超能力などではなく、文字のない世界を生き抜くための切実な生存戦略だった。

中学時代の出席日数は、わずか「五日」。学校ではゴーストのような存在だった。家でスカパーのアニメばかりを見るテレビっ子だったが、親も「普通級が無理なら支援級、それが嫌なら習い事に行け」と放任した。学校に行かないと決めた時から、彼は「我が道を行く」ことに徹してきた。

第3章:限界水域でのサバイバル 〜予測不能な環境で磨かれたバランス〜

その独自のバランス感覚は、かつて働いていた障害者福祉の現場「キッコネ」でも鍛え抜かれた。

そこは、子供だけでなく指導員の大人たちも変な動きをする「異端児の集まり」であり、彼いわく「限界水域」だった。予測不能な動きをする人々の中で、彼は誰がどこにいるのかを常に観察し、全体のバランスを取りながら立ち回らなければならなかった。

最初から用意された「型」や「方程式」を持たない彼は、未知の事象に直面した時、その都度目の前の現象を観察して答えを導き出す。もし宇宙人が現れて、外務省が「宇宙人は危険だ」という通達を出したとしても、彼は決してそれに縛られない。「ちょっと会ってみないとわからない」と、自らの目で観察しに行くはずだ。彼には、マニュアルを鵜呑みにしない柔軟で強靭な思考回路が備わっていた。

第4章:過去の挑戦と共鳴 〜九十九里の海で知った「過酷さ」〜

やがてコース上を、エイジパラトライアスロンの選手たちが駆け抜けていく。健常者のレースより1時間早くスタートしたため、沿道にはまだ観客の姿はなく、ボランティアの応援する声が聞こえる。その中を、松葉杖(クラッチ)をついた選手が健常者と変わらないスピードで走っていく姿に、琳斗は純粋な感嘆を漏らした。

彼には、その競技の過酷さが身をもってわかる。

二十歳の頃、海で泳いでみたいと思いついた彼は、職場の同僚を巻き込んで九十九里のトライアスロン・リレーに出場した。オープンウォータースイミングを知らなかった彼にとって、海で泳ぐ方法はトライアスロンだけだったからだ。

スイム担当になった一年目、借り物のウェットスーツはサイズが合わず、冷たい海の中で急激に体温が奪われていくのを感じた。「意識がなくなると死ぬ。記憶があるうちにリタイアしよう」。極限の状況下で冷静に判断し、自ら棄権を選んだ。その時、チームメイトは「気にするな」と取り繕ってくれたが、彼らが一瞬見せたがっかりした表情と、言葉にならない落胆の「雰囲気」を、琳斗は鋭く感じ取っていた。

その空気をバネにした二年目。自前でウェットスーツを買い、大会のスイムコースの倍の距離である三キロを泳ぎ込む特訓を重ねた。無事に次の走者である友人へリストバンド型のバトンを渡し、軽口を叩くように「一年ぶり」と声をかけた。

「結局完走Tシャツをもらってきただけで、思い出はあんまりない」と本人は淡々と語る。しかし、家の記念品棚に飾られた大会の水泳帽を見るたび、自らの「黒歴史と栄光の軌跡」を思い出すのだという。過酷さを自らの肌で知っているからこそ、目の前を走るパラ選手たちへ向ける彼の眼差しは、特別なリスペクトを帯びていた。

第5章:大会での最大の気づき 〜テザー(ガイドロープ)が語る多様性〜

ふと、彼の目が視覚障害の選手とガイドランナーを繋ぐ一本の紐「テザー」に止まった。

遠目には見えにくいその紐だが、じっと観察していると、腰に巻くペアや手で持つペアなど、持ち方がてんでバラバラであることに気づいた。トップアスリートなら「速く走るための効率的なやり方」に画一化されていくのが普通だ。それなのに多様化しているということは、そこに別の合理的な理由があるはずだと彼は推理した。

「速く走りたい人はやり方が似てくるかもしれない。でも『ゴールすることが目的』という人は、少しでも楽なやり方を選んでいるのかもしれない」。重きを置くポイントが違うからこそ、そこには多様な形が生まれる。

「答えは一つじゃない」。彼はそう確信した。視覚障害を持つ人々が、見えない代わりに目の前のものが何だろうと必死に考え、自らの頭で世界を構築して生きているように。文字という正解を持たない青年もまた、用意された説明書に頼ることなく、独自の推測で世界を組み立てている。両者の思考プロセスは、この過酷なコース上で美しく共鳴していた。

第6章:エピローグ 〜「特等席」に立つ、主役にならない観察者〜

彼は自らを、荒波に真っ先に飛び込む「ファーストペンギン」には向いていないと語る。一番先行して完璧な説明書を作るよりも、他人の失敗や動きを観察して修正していく立場の方が向いているのだと。

だからこそ、コース脇のこの場所は、彼にとっての「特等席」だった。特等席とは、必ずしも最前列という意味ではない。後ろかもしれないし、横かもしれない。カメラマンが最高の瞬間を撮るために、技術よりも「どこに立つか」を最重要視するように、観察するために一番よく見える場所のことだ。

文字というマニュアルを持たない青年は、ただっ広いコースの特等席で、道路の白線の意味を読み解き、選手たちの紐に込められた意図を推理している。社会の「普通」から弾き出されたからこそ手に入れたその鋭利な観察眼で、彼は今日も世界の仕組みを静かに見つめ続けている。


制作メモ

インタビューの裏側や現地での記録をまとめました

1. 警察犬と県警本部の位置関係について

第1章に登場する警察犬を連れた警察官ですが、大会のアスリートガイドの交通規制マップを見ると、琳斗さんが警備していた象の鼻パーク周辺のコースのすぐ目の前に「神奈川県警察本部」が存在しています。そのため、彼らはテロ対策のパトロールというよりは、単に本部への移動中であった可能性が高いという地理的な背景があります。

2. クラッチ(松葉杖)を使用して出場した選手について

第4章で言及されたクラッチを使用して出場した選手は、新井誠治(あらい せいじ)選手です。アンプティサッカーの日本代表・強豪チーム(FCアウボラーダ)でも長年活躍するベテラン選手で、「サッカー×トライアスロン」の二刀流アスリートとして知られています。

3. 「キッコネ」の正式名称と事業内容

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4. 九十九里トライアスロンの記録について

第4章の九十九里トライアスロンへの出場についてですが、2022年の同大会のリザルト(試合結果)において、職場の名称と同じ「キッズコネクションヒーローズ」というチーム名でエントリーし、見事完走した記録が確認できます。同チームはリレー部門総合14位(男子部門9位)で、総合タイムは3時間2分20秒でした。スイムを担当した琳斗さんのタイムは45分51秒と記録されています。

5. 観客から「支える側」へ回るきっかけとなった1年前の原体験

彼が今回ボランティアに参加した原点は、1年前(2025年)の同大会を観客として訪れた際の体験にあります。広い会場で音声案内しか届かず、視覚的な案内が得られないことへの困難や、車いすの観客の視界が沿道の広告幕に遮られている状況に強い「モヤモヤ」を感じました。「どんな運営母体がどういう仕組みで動いているのか」を確かめ、プレイヤーではなく「裏側から支える人になりたい」という思いが参加の動機となっています。

6. 選手に深く感情移入できた「左利きと右利きの世界」という視点

今回彼が選手に感情移入できた背景には、ディスレクシア特有の苦労があります。文字から情報を得られない彼は、世の中が多数派である健常者向けに作られていることでの苦労を、一般の人にも分かりやすいように「世界が右利き用に作られている中で暮らす左利きの苦労」「に例えて表現しています。障害の種類は違えど、選手たちが紐(テザー)を通じて工夫し、困難を乗り越えようともがく姿に「目に見えやすい努力」を感じ、深く共鳴したと語っています。

7. 自己の受容と『ペルソナ』の「シャドウ」

彼が「主役にはならず裏側を知りたい」という自らの本音を受け入れる背景には、彼が好むゲーム『ペルソナ』シリーズのテーマであり、心理学者ユングが提唱した「シャドウ」という概念が影響しています。社会に合わせる仮面(ペルソナ)に対し、無意識に隠している本来の欲望や弱さ(シャドウ)を「ありのままの自分」として認めること。限界に挑む選手たちの姿に、彼はこの「シャドウの受容」を重ね合わせていました。

8. 担当レースが無観客だった背景と大会構造

彼が担当した「エイジパラトライアスロン」は、健常者のエイジレースよりもさらに1時間早くスタートするため、沿道には観客がいませんでした。トライアスロン大会は、大衆である「エイジ層」の参加費が大会の経済基盤を支え、プロである「エリート層」が憧れを提供するという相互依存の「両立モデル」で成り立っています。彼はこの構造を肌で感じ、「来年はぜひエリートレースの迫力ある現場も特等席から覗いてみたい」という探究心を抱いています。